大分市は、九州の東海岸に開けた港町だ。2025年、その市街地で大規模な火災が発生した。報道によると、住宅など建物170棟以上に延焼し、焼けた範囲はおよそ4.9ヘクタールに及んだ。国内の災害現場に立つのは、これが初めてだった。
到着した瞬間に漂う、焦げた匂い。消火活動中のヘリの音が、ひっきりなしに響く。現場はとても張り詰めていた。これまで個人で取材をしていた頃は、「撮影してもいいですか」と許可を取ったことは、一度もなかった。撮る前提、撮られる前提の関係の中にいた。けれど今回、これまでと全く違ったのは、写真も映像も、すべてに許諾が必要だということ。避難所を一枚撮るだけでも、必ず誰かがこちらを向いてしまう。どう写り込まないようにしながら、それでも現地の様子をきちんと伝えるか。本当に難しい状況だった。
連日のように報道陣が被災した方々を覆い、ご高齢の方の囲み取材では、もう前に進むことさえできない。カメラを向けた途端に、目に見えないシャッターを下げられるような感覚があって。廊下の帰り道で、ふと思った。「あぁ、僕は被災された方々からすると、同じ生き物に見えるんだろうなぁ」と。
カメラマンは、
最も被災された方々と、距離が近い存在。
大先輩の方々に、被災された方々にどのように声をおかけしたらいいのか、どのような心の持ちようでいたらいいのかを学びながら、現場に通う日々。一番印象的だったのが、この言葉だった。連日お伺いするうちに、お二方が僕の顔を覚えてくださって、名前を教えてくださって、お話を伺うことができた。