取材の記録
- 場所
- 大分県大分市佐賀関
- 時期
- 2025年11月19日〜25日(発災の翌日から1週間)
- 何が
- 11月18日夕方に発生した大規模な市街地火災
- 役目
- 国際NGOの緊急支援チーム(6名)の広報・記録担当
この記事の要点
- 2025年11月18日の夕方、大分市佐賀関で大規模な火災が起き、187棟が焼け、焼けた範囲はおよそ4.9ヘクタールに及んだ。
- 発災の翌日から1週間、国際NGOの緊急支援チーム(6名)の広報・記録担当として避難所に通った。避難所の7割以上が高齢の方だった。
- 今すぐ必要な物をその日に聞き取って届ける緊急支援の現場と、写真も映像もすべてに許諾が要る中での「撮る事」の距離を書いた。
初出 2025.11.25(Instagram)/ 更新
大分市は、九州の東海岸に開けた港町だ。2025年11月18日の夕方、市の東端、佐賀関の港の集落で大規模な火災が起きた。火は住宅の密集した斜面に燃え広がり、187棟が焼け、焼けた範囲はおよそ4.9ヘクタールに及んだ。国内の災害現場に立つのは、これが初めてだった。
発災の翌日、6人のチームで
消防士の隊長のもと、看護師や、保護犬猫を専門とするスタッフを含む6名のチームで向かった。19日に現地へ向かいながら情報共有を受け、20日に現地入り。移動しながら土地の形を見ると、能登の輪島を思わせるようなエリアだった。ご高齢の方が、とても多く暮らしていた。実際に避難所へ行くと、7割以上が高齢の方だった。杖をついている方も多い。「かばんさえ持ってこられなかった」という方もいた。
到着した瞬間に漂う、焦げた匂い。消火活動中のヘリの音が、ひっきりなしに響く。現場はとても張り詰めていた。

すべてに、許諾が要るという事
これまで個人で取材をしていた頃は、「撮影してもいいですか」と許可を取った事は、一度もなかった。撮る前提、撮られる前提の関係の中にいた。けれど今回、これまでと全く違ったのは、写真も映像も、すべてに許諾が必要だという事。避難所を一枚撮るだけでも、必ず誰かがこちらを向いてしまう。どう写り込まないようにしながら、それでも現地の様子をきちんと伝えるか。本当に難しい状況だった。
連日のように報道陣が被災した方々を覆い、ご高齢の方の囲み取材では、もう前に進む事さえ出来ない。普通にお話をしていれば、色々お話し出来る。けれど、カメラを向けた途端に、目に見えないシャッターを下げられるような感覚があって。廊下の帰り道で、ふと思った。「あぁ、僕は被災された方々からすると、同じ生き物に見えるんだろうなぁ」と。
それでも、報道の方々にはそれが仕事で、同じように守るべき家族がいる。この仕事があるから情報を得る事が出来て、誰かを思いやる事が出来る。同じ血の通った人間なんだと思う。
カメラマンは、
最も被災された方々と、距離が近い存在。
被災された方々に、どう声をおかけしたらいいのか。どんな心の持ちようでいたらいいのか。大先輩の方々に学びながら、現場に通う日々。いちばん印象的だったのが、この言葉だった。連日お伺いするうちに、お二方が僕の顔を覚えてくださった。名前を教えてくださって、お話を伺う事が出来た。
「今、すぐに必要なもの」を、その日に届ける
緊急支援は多岐にわたるけれど、以前の「個人で物資を買って届ける」動きとは全く違った。現場の最前線では、今すぐ必要な物をその場で聞き取り、すぐに買いに行き、すぐに届ける。そのスピード感に圧倒された。下着や肌着、スリッパ、大きなエコバッグを、避難所の人数分。持った事の無い数のカゴを押しながら物資を詰め込んだ。店員の皆さんも状況を知っていて、大きな箱を用意してくださったり、声をかけてくださったり。本当に温かく協力してくれた。
物資をお渡しすると、「ここはバーゲンセール会場か?」というくらい避難所が賑わった。皆さんが、嬉しそうに選んでくださった。初日にインタビューをさせてもらったお婆ちゃんが、翌日、笑顔で手を振ってくださった。「あれから着替えてなかったから、本当に助かるわ。ありがとう」。この活動をもっと学びたい、頑張りたいと、心の底から思えた瞬間だった。
企業の連携で、さまざまな会社から衣食住が届けられた事も、初めて知った。日本中から寄せられた募金という思いを、物資という形で現地へ届ける。民間の動きの強さを感じた。
帰る家がある、という事
緊急初動のチームは、長くても1週間の滞在になる。歯痒い思いを抱えながら、帰りのフェリーでこの文章を書いた。現場では、最初は2名だったインフルエンザの方が、僕が帰る頃には両手で数えるほどに増えていた。窃盗も出てきていた。

僕はどれだけ疲労が溜まっていても、ここを出て宿で休む事が出来て、帰る家がある。どれだけ思いを馳せても、計り知れない不安が被災された方々にはあるのかもしれない。至らないところ、反省もたくさんあるけれど、それでも、諦めないで全力を尽くしたい。
出典:焼損棟数・面積・鎮火日は 大分市大規模火災(Wikipedia)、日経クロステック「約5万m2が焼失した大分の大規模火災」