戸籍がない――そう言われても、うまく想像できないかもしれない。学校に上がる前の僕は、書類の上では、どこにも存在しない子どもだった。日本とフィリピンにルーツを持って生まれ、けれど、どちらの国にも、きちんと記録されていなかった。

子どものころの僕には、それが何を意味するのか、よくわからなかった。ただ、まわりの子と自分は何かが違う――そのことだけは、空気で感じていた。名前をからかわれ、肌の色を笑われ、「お前はどこの国の人間なんだ」と聞かれても、うまく答えられない。答えを、僕自身が持っていなかったから。

“いないこと”にされている、という感覚は、静かに人を蝕んでいく。認められたい、というより――ただ、「ここにいていい」と、誰かに言ってほしかった。

“いないこと”にされた命が、いちばん知りたかったのは、「ここにいてもいい」という、たった一言だった。

転機になったのは、教会だった。そこで、生まれて初めてカメラに触れる。ファインダーを覗くと、世界が四角く切り取られて、そこに“意味”が生まれた。目の前の景色を、自分の視点で残せる。誰かに、見せられる。記録されなかった僕が、はじめて“記録する側”にまわった瞬間だった。

映像は、僕にとって、趣味でも技術でもなかった。それは、光だった。存在しなかった人間が、世界とつながるための、たった一本の糸。だから、手放せなかった。レジ打ちをしながら、独学で、来る日も来る日も、撮り続けた。

いま振り返ると、あのころの僕は、のちにカメラを向けることになる人たちと、どこかで地続きだったのだと思う。難民キャンプの子ども。被災地に取り残された動物。受話器の向こうで、消えかけている声。――みんな、大きな声にかき消されてしまう、小さな“いのち”だ。その痛みを、僕は知っている。知っているから、通りすぎられない。

「どんな小さな命も諦めたくない」――その言葉のいちばん奥には、この体験がある。僕自身が、諦められなかった小さな命だったから。誰かが諦めないでいてくれたおかげで、いま、ここにいる。だから今度は、僕がカメラを持つ番だ。

光は、闇の中でこそ輝く。――それを、僕は身をもって知っている。