世界中の現場を撮ってきて、いちばん撮るのが難しかったのは、自分自身のルーツだった。人の物語には、迷わずカメラを向けられるのに、自分の来た場所の前では、シャッターを切る手が止まる。
僕の半分は、フィリピンでできている。それなのに、その国の言葉を、ちゃんと話せなかった。だから、大人になってから、語学留学というかたちでフィリピンへ渡った。言葉を学ぶ、というより――自分の半分を、遅れて迎えにいくような旅だった。
現地の言葉が、少しずつ口に馴染んでいく。そのたびに、不思議な感覚があった。ずっと自分の中にあったのに、蓋をしていた部屋の鍵が、一つ、また一つと開いていくような。街の匂い、人との距離の近さ、笑い声の大きさ。「ああ、これも自分だったのか」と、体のどこかが、静かに頷いていた。
ルーツを辿るというのは、知らない場所へ行くことじゃなく、ずっと自分の中にあったものに、やっと会いにいくことだった。
母と一緒に、故郷にも帰った。母がかつて生きた土地に立ち、母の口から、僕がまだ知らなかった昔の話を聞く。自分が、どんな水と土から生まれてきたのか。断片が、少しずつ、像を結んでいった。
その旅には、もう一つ、うまく言葉にできないテーマがあった。――僕を半分つくった、もう一人の人のこと。会ったことのない人の輪郭を、遠くから辿ろうとする時間。そこには、答えよりも、問いのほうが多かった。埋まらない空白は、埋まらないまま、いまも僕の中にある。それでいい、とは、まだ言えない。でも、その空白があるからこそ、僕は誰かの“欠けた場所”に、優しくなれるのかもしれない。
この旅は、まだ途中だ。きれいに完結した物語として語るには、早すぎる。でも、途中だからこそ、いま、書き残しておきたかった。ルーツを探すというのは、過去を確かめる作業のようでいて、ほんとうは「これから、どう生きるか」を選び直す作業でもあるのだと思う。
どこから来たのかが、わからなくても。どこへ向かうかは、自分で決められる。――それが、「諦めない」ということの、もう一つの意味なのだと、いまは思っている。