誰でもない、ただの自分になって、心を静める。フィリピンでの回復の日々の中で、「やっぱり自分は、出ていくように示されている」——そんな感覚が、じんわりと戻ってきた。

帰国した頃、教会はちょうどクリスマスムードに包まれていた。いつものように礼拝に出ていると、ある方が来られていて、少し話すことになった。その方は、国際的な人道支援を行うNGOの方で、なんと、息子さんが最前線でカメラマンをしているという。僕の中で、レーダーがピンと音を立てた。「神様、こういうことですか」。ちょうど映像スタッフを募集していると知り、「もし御心なら、導かれますように」と祈りながら、応募した。——こうして僕は、国際NGOの映像スタッフとして、所属することになった。

志望動機は、とてもシンプルだ。「10代から映像一筋で歩んできた、この賜物を、社会のために用いたい」。でも同時に、ずっと見ないようにしてきたことがあった。社会のこと、環境のこと、難民のこと。テーマとして関わってきたけれど、頭で理解しているようで、「僕は、きっと、何も知らない」というのが、正直な感覚だった。

教会の皆さんに送り出される日。この3年間のことを思い出そうとすると、涙が溢れて、溢れて、止まらなくなった。用意していた挨拶の原稿を、4分の1も読まないうちに、言葉が詰まってしまって。遠くから「がんばれ〜!」の声に背中を押されながら、なんとか、感謝だけは伝えきった。10代で映像と出会ってから、不器用なりに、この道を一筋で歩いてきた。20代後半からは、自然と、災害、気候変動、紛争、難民、国を追われる人々のことを、どうしても他人事にできなくなっていった。

当時の僕は、「僕なんかが行ったって、何も変わらない」と思ったり、逆に「神様がくれた賜物で、希望を届けたい」と、どこか肩に力が入っていたりした。でも今は、少しずつ変わってきた。リラックスして、力を抜いて、焦らず、構えず、委ねて。ただ、必要な場所に、静かに実を結んでいけたら——そう思えるようになった。危険な場所や地域に向かうことも増えるので、まずは3ヶ月の研修を受けて、ゼロから学びはじめている。

この仕事の中で、いくつもの"破壊と創造"があった。「映像が人を承認する」という信念と、「より多くの人に届ける、再生回数」という現実。数字と睨めっこするのは、とても苦手だった。けれど、数字と影響力はイコールで、この山を乗り越えたら、見える景色はまったく違うのかもしれない。自分が本気で作った動画が、数百万のインプレッションを出して、いまもどこかで、誰か必要としている人に届いているのだとしたら——やっぱり、映像に人生を賭ける意義があるのかもしれないと、不安だった部分に、希望が同時に灯った。絶対に、諦めたくない。久しぶりに、胸がふつふつと燃えている。

“何ができるか”よりも、
“どんな実を結んでいくのか”。

力むことではなく、自然体になっていくこと。自分でやろうとするのではなく、委ねること。手放して、自由に、自然体に。この数年で教わったことを胸に、命を守ること、学んだことを誰かに届けることを、僕らしく、コツコツ続けていく。いつかは、長編の作品を作って、上映会を開けたら。訪れて撮るのではなく、最前線に、とどまって。実を、結んでいけたら。

「わたしはぶどうの木、あなたがたは枝です。人がわたしにとどまり、わたしもその人にとどまっているなら、その人は多くの実を結びます。」
— ヨハネによる福音書 15章5節